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なんだか、家だと物足りない


日経の文化面記事「子供が見たアート十選」。3月3日は荒川修作+マドリン・ギンズの三鷹にある「天命反転住宅」だった。
「家だとなんだか物足りない」というのが、天命反転住宅にしばらく住んだ後、自宅へ帰ったときの子供の第一声だそうだ。

岐阜にあるテーマパーク?「養老天命反転地」。そこでも、子供たちは、とたんに子供は「わあー」と歓声をあげ、走りだす。真っすぐ歩けなくて手と足、四つん這いになったり腰を曲げたりして、あちこちと走りまわる。
かの宮崎駿はそれをみて「すごい。まいりました」とアラカワいったとか。
ちなみに、大人たちは天命地にいくと座り込む。
「なんで?」って考える。
人によっては眉間にグウッと力いれて思索する。

天命反転住宅の名古屋版がある。ぼくは幸運にも入ることができた。居間はギリシャの円形劇場のように同心円状になっていて、カラフル。腰をおろして話すとドラマの一幕のようだった。

アラカワ+ギンズは「意味のメカニズム」以来、意味の発生するところを考えた。平面であったり(そのころの作品は新潟市美術館にもある)詩や映像であったりしたが次第に建築物を創りだす。
哲学や認知工学が対話の相手になり、難解で時には人をけむに巻いている気もした。
そして、意味付けられてしまっていている人間を開放して、自由になること、人間の最大の縛り付けられた天命こそが「死」であり、それを反転し自由になるために「死なないために」がテーマになった。そして、奈義市に常設の構造物ができ、パークができ、住宅ができた。

だけど、昨年、アラカワはニューヨークの病院で「死んだ」。
僕は思う。
最後、アラカワはベッドの上で人差し指と中指をV字にして、「Yeah!」といって旅だったのではないだろうか?
きっとそうだ。・・・アラカワ作品への子供のレスポンスが強くこう思わせる。

Reversible destiny Arakawa/Gins
Contemporary art

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